本の記録
読書感想文。
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オー!ファーザー
07月 07日 * 01:35 * 伊坂 幸太郎 *
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伊坂幸太郎の小説の、私が好きだなあと思うところはたくさんあるのですけれど
この小説はそのうちのひとつをどまんなかに扱った作品。
タイトルどおり、父親。

父親と息子とのそれぞれの関係、しかし主人公には父親が4人いる。
4人の父親と、母親と自分。
けれど伊坂小説らしく、この関係はとってもファンタジー。

物語の中に流れるのは、父の子を思う気持ちと行動。
4人の父それぞれがそれぞれなりに、目一杯息子を愛している。
その愛を身をもって感じた息子は、いずれ父のいなくなる時、に思いを馳せて少し成長する。

登場しないのにものすごい存在感を放つ母も素晴らしかった。
最後の母の一言に微笑んでしまったのでした。

こういう関係、現実にはゼッタイにありえないと思うのだけれど、
こういう関係が成り立つような感じなら、きっと世界はすごく平和だ。

どのお父さんもそれぞれかっこ良くて、素敵で。
ファザコンな私にはとっても羨ましく感じるものでございました。

伊坂幸太郎はずっとずっと家族の話を書いている気がする。
そしてその家族の有り様が、私はとっても好きだ。

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バイバイ、ブラックバード
03月 30日 * 23:41 * 伊坂 幸太郎 *
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久しぶりの伊坂幸太郎、な気がします。
もともとは「ゆうびん小説」というちょっと特殊な形で書かれたそうで。
(抽選であたった50人にだけ1話分を配達する、というスタイル)

そんなわけで連作短編集です。

5股をかけていた男性がその彼女ひとりひとりのもとに別れを告げに行く、という話。
どうやらその男性は、近いうちにバスに乗せられてもう戻ってこれないという。
彼が逃げ出さないように、監視役につけられている怪獣女子、1名。

この怪獣女子のキャラクターがとてもよい。
読み進めるうちにどんどんかわいくなっていく。
ラストの感じは、とっても清々しい感動を味わえました。

ファンタジーの要素はまったく出てこないけれどやっぱり伊坂幸太郎の小説はファンタジーっぽい。
出てくるキャラクターがファンタジーなんだと思う。
そもそもこの主人公、5股かけてるのに嫌味が全然ないし、付き合っていた女の子達も全然恨まない。
だってほんとに好きなんだもん。みんなすき。って感じになってしまう。

ものすごくタチが悪いとも言いますが(笑)

スポンジのような男子、スポンジ男子。
最終的には怪獣女子もこのスポンジ男子にやられちゃってるわけで、あなどれんスポンジ男子。。。
なんてことを思ったのでした。
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モダンタイムス
11月 03日 * 09:52 * 伊坂 幸太郎 *
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モダンタイムスは、魔王の続編です。
読み終わってAmazonのカスタマーレビューを観てから気づいたのは内緒です。
慌てて魔王を読み返したのも内緒です。

確かにがっつり続編でした。というか世代交代な話。


世の中はわかりづらい。
現実はいつだって混沌としていて、世界も社会もなんだかよくわからないまま、
思いもかけない方向へ転がっていく。
世の中が良くなっていて欲しいとは、きっと誰もが思っていることなのだけれど
時間は流れるし世の中も変わる。
ここがいい、というところで止まってはいられない仕組みになってる。
世の中がよくなって欲しいと願うのはなぜなのか。
それは、自分自身の置かれている環境がよくなって欲しいから。

今の世の中の諦観を、魔王はよく現していたと思う。
そしてモダンタイムスでは、悪者なんていないことを語っている。

アメコミのように、スーパー戦隊ヒーローのように、わかりやすく悪者がいれば、
世の中はとってもカンタンでわかりやすいんだと思う。
悪者もいない、ヒーローもいない。
この世の中は、誰の意図でもなく、みんながみんなの役割を持って動いている。
誰もその全体図を知らない。

だから、悪者はいない。
強いて言えば、悪者は人間自体そのものっていうことになる。

選挙に行かない。
自分ひとりが世の中を変えようと思っても、なかなかどうして変わらない。
どうせこいつが当選するんだろうという諦めのもと、
選挙に行って、やっぱり「どうせこいつ」が当選してしまう時のがっかり感。無力感。

私たちは、投票することでしか世の中の大きな仕組みに参加できないという、
どうにもこうにもな感じにはまりこんでいる気がする。

そんな大きな大きな事をぼんやりと、しかしきっちりと描きながら、
結局一番大事なのは自分の手の届く範囲の物事だよね。っていう結論と、
どうにかこうにか一矢くらいは報いれないかとその仕組みのなかで頑張る結論と。

それはどちらがよいというものでなく、
結局、それぞれ自分自身が考えた「自分にとってよい」事なのだと思う。

「勇気はあるか」

という言葉が作中に何度も何度も出てくるのだけれど、
見て見ぬフリをするのも、目を逸らさないのも勇気っていうのは必要らしい。
だとすれば、勇気っていうのは「自分はこうする」って方向性を決めるってことなのかな。

それは覚悟に似てるのかもしれない。
そういえば、さらっと読み返した「魔王」には「覚悟」っていう言葉がちょこちょこと出てきてた気がする。
(なにぶん斜め読みなので確信はない)
自分の行動には自分で責任を取る事。ってことなのだと思う。
それは、大人の条件だと私は思っている。

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あるキング
11月 02日 * 01:47 * 伊坂 幸太郎 *
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評価:
伊坂 幸太郎
徳間書店
¥ 620
(2012-08-03)

「頑張れの語源は『我を張る』なんだよ。」

っていう台詞が物語の中に何度も何度も出てくる。
このセリフが非常に印象的で、私はそこはかとなく爆風スランプの「ガンバレタカハシ」を思い出したりしたのでした。


冒頭に、マクベスに出てくる有名なセリフが引用されています。

「Fair is foul, and foul is fair. 」


これに続いて、マクベスを翻訳した様々な翻訳家のこのセリフに対する訳が並ぶのです。

私が知っている訳は「綺麗は汚い、汚いは綺麗」だったのですが、
この曖昧なセリフはいろいろな言葉に訳されているようで。

物語自体もマクベスを下敷にしたお話です。
といっても私はマクベスは「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」
しかちゃんと観たことがないのですが。
(ロズギルはマクベスに出てくるものすごい端役。その端役に焦点を当てたまったく別のお話です)

マクベスを下敷にしたプロ野球のお話なのだけれど、
全然スポーツとしての野球の小説ではないです。

王というものがいる世界では、王と平民は全然異質のものであって交わることはあまりない。
王は搾取する側で惨殺する側で、民衆にひどいことをするのが王なのだと思う。
国のために戦争へ行け、兵隊になれ、金をよこせ。とやるのが王様。
王様はそのかわりに、個人では出来ないやり方で自分の民を守ったりするわけです。

王様の目線と民衆の目線は、そもそもが違う。
王様が民衆の中に紛れてしまったら、それはすごく異質である。

主人公の王求(おうく)の人生に沿った流れで、語り手を変えながらひたすら王求の人生を追っていく。
それは、民衆の中に紛れた王の物語であり、生まれついてずっと異質なものであり続けた人の物語。

世界は一人の力ではどうにもならないだとか、奇跡なんて起こらないだとか。
なんだかこうして書くと希望のかけらもないようなことを伊坂幸太郎は描くのですが。
それでも彼の作品の中には希望みたいなものが見える。
ポジティブでもネガティブでもなく、ニュートラルな感じがする。
どんなに頑張ってもさほど変わらない大きな世界の中で、ちょっとした格言や気休めを胸に生きる人達。

そういう感じがとっても好きなのです。


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死神の精度
08月 27日 * 20:39 * 伊坂 幸太郎 *
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死神の精度 (文春文庫 (い70-1))
死神の精度 (文春文庫 (い70-1))
伊坂 幸太郎

短編集、というか連作小説というか。
死神の役目は、自然死と自殺以外の事故とか殺人とか・・・そういう死を迎える予定の人に近づいて、「可」か「見送り」かを判定し、報告するというもの。
7日間観察し、可ならば翌日に死ぬ。


死神は人間ではないので、勿論死に行く人間に同情なんかしない。
人間の社会のこともよくわかっていないし、わかろうともしないわけで。
そんな中で死に行く運命の人と接触し、近づいて関わっていく様子はとてもコミカル。
彼らなりの判断でその人の運命を決めるわけだけれど、その判断基準が伊坂作品らしい判断基準で思わずにやにやしてしまいます。

その一点のおかげで死神が非常にチャーミングになっているのもまたこれ素敵。

「あああ、そういうことなのねえ」っていうラストで物語は終わりますが、読後感もすがすがしい。出来れば出会いたくないけれどね。死神。
ちょっと話してみたい気はします。
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オーデュボンの祈り
07月 31日 * 14:03 * 伊坂 幸太郎 *
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オーデュボンの祈り (新潮文庫)
オーデュボンの祈り (新潮文庫)
伊坂 幸太郎


案山子の殺人事件のお話。
物語の舞台は、江戸時代あたりから外部との関わりを絶ったまま存在している島。
物語の主人公、伊藤はにっちもさっちも行かない状況からひょいっと助けられてこの島につれてこられてしまう。
島には神のようにあがめられている、優午という案山子がいた。
驚くべきことに、案山子は、しゃべる。
しゃべるだけでなく、案山子は未来のことがわかる。

その案山子が、伊藤君が島に着いた翌日に殺されてしまう。
誰が案山子を殺したのか。そして案山子は、なぜ自分の死を予言できなかったのか。

この島には、ひとつの言い伝えがあって、それは「この島には決定的に足りないものがひとつある。それを外からやってくる人が与えてくれる」というもの。
この言い伝えと案山子の殺人によって、外から来た伊藤君は期待されたり怪しまれたりするわけですが・・・

優午という案山子が誕生したいきさつ、案山子の殺されるいきさつ、そして案山子を殺した犯人。

ミステリーだけれど、全体的にファンタジーの香りが漂う不思議なお話。
案山子がなんだかかわいそうで泣けてしまいます。
この島に足りないもの。言い伝えどおりに、島の外からそれを伝える伊藤とその彼女。
とてもとても好きな最後です。



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陽気なギャングの日常と襲撃
05月 28日 * 19:48 * 伊坂 幸太郎 *
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陽気なギャングの日常と襲撃 (ノン・ノベル)
陽気なギャングの日常と襲撃 (ノン・ノベル)
伊坂 幸太郎

「陽気なギャングが地球を回す」の続編。
前半が「日常」の短編。後半が「襲撃」に。
短編小説に見える前半の4本のお話が、後半いい感じに生きてくる感じは「ああ、伊坂幸太郎だわ」ってなります。
ラストのオチできれいに最初に戻るあたりもよかったです。

4人の強盗のキャラクターがとても素敵なのは前作同様。
キャラクターがこれだけ濃いから続編が出来上がったのだろうけれど。

前作を読んでから読むべき小説。じゃないときっと楽しめない。と思います。
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チルドレン
05月 23日 * 18:58 * 伊坂 幸太郎 *
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チルドレン (講談社文庫 (い111-1))
チルドレン (講談社文庫 (い111-1))
伊坂 幸太郎

陣内というはた迷惑なキャラクターを取り巻く何年かの話。

短編集。

時間が行ったり戻ったり、主人公(語り手)が作品によってまちまちなのだけれど、陣内は絶対に語り手にならない。

なぜならこれは陣内のお話だから。
余計な事を考えずにその都度自分の気持ちに正直に生きている子どもみたいな人なんだけど、その根拠もない傲慢とも取れる絶大な自信が、大事なところで周りを救っちゃう話。

前々から差別とかそういうことに関して、ちょこちょこ作品の中に取り上げている気がするのだけれど、今回はわりと単刀直入に差別について描いてた気がします。

陣内は本当に子どもみたい。
常識とか体裁とか、そういうものを取っ払って見るべきところを観て感じたままに行動できる人。
それを天然でやってのけちゃう人。

非常に魅力的でした。
面白かったです。

ちなみに出会いの物語「バンク」はラッシュライフの中でニュースになった事件ですね。
縦にも横にも繋がる感じが大変楽しかったです。
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陽気なギャングが地球を回す
05月 13日 * 01:14 * 伊坂 幸太郎 *
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陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)
陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)
伊坂 幸太郎

陽気で賢くて特殊な能力を持った銀行強盗のお話。
二転三転する物語や、入り組んだ仕掛けはさすが伊坂だなぁと思います。

キャラクターも素晴らしく魅力的。
基本的に共通しているのはスマートな事。
文章もスマートで読んでいて気持ちいい。

舞台は日本で横浜で現代なのだけれど、おとぎ話のようなあの独特な感覚が好きです。
頭空っぽにして読むのにはちょうどいい小説。
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グラスホッパー
05月 13日 * 01:00 * 伊坂 幸太郎 *
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グラスホッパー (角川文庫 い 59-1)
グラスホッパー (角川文庫 い 59-1)
伊坂 幸太郎

物語は「鈴木」「鯨」「蝉」の3人の視点から描かれていく。
鯨は不思議な力で人を自殺に追い込むという、変わった殺し屋。
蝉はナイフを使って人を殺すが、人を殺すことに罪悪感をまったく感じないという「殺し屋の素質のある」若者。
鈴木は・・・その名の通り、ごくごく一般人。元教師だけれど、馬鹿息子に妻を殺された恨みを晴らすべく、「令嬢」の契約社員としてもぐりこんでいる。

それに付け加えて、主要人物なのが「押し屋」と呼ばれる交通事故を装って人を押して殺す殺し屋「槿(あさがお)」

令嬢の馬鹿息子が交通事故で死ぬところから話は始まる。
相変わらず時間の軸は一定せず、行ったり来たりするのだけれど、「ラッシュライフ」ほどすさまじくはない。


人が面白いほど軽快に死んでゆく小説。
殺し屋視点だからそれも納得なのだけれどね。
乙一の「GOTH」のように、出てくる殺し屋は、およそ一般人の私たちからは想像もつかない精神構造をしているわけです。

最後の成敗を分けたのが、互いの背負っている人の死の質、というようなところはため息が出ました。

死んでるみたいに生きたくない。
生きているみたいに生きたい。

という、その生命力の象徴が、モノを食べること、というのも気に入りました。
どれだけ立派な人だろうが素晴らしい人だろうが、生きている限りは食っている。
食うという事は命を奪う事なのだな。

そういうことを自覚して、それでも食って食って、生きていく。

生きているみたいに生きる。

からくり部分は他の著書よりもうっすらしているけれど、それでも次のページが気になってしょうがない物語の運び方はさすが、という感じでした。

伊坂作品は、順番に読むことをお勧めします。
絶対に損しないから!と、広く強めに勧めたい作家さんです。
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