本の記録
読書感想文。
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丕緒の鳥
07月 07日 * 12:10 * 小野 不由美 *
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待ちかねて待ちかねてやっと出た!

十二国記の最新刊。

今回は華胥の夢のような短篇集なので、番外編という感が強いのですが
本編では雲の上の人たちが主役ですが、今回の短篇集は地の上の人々…
要するに一般の国民が主役という印象が強かったです。

ファンタジーだけれど妙にリアルな十二国記の世界。といっても今の私たちの暮らしからはかけ離れている世界。
しかし、雲の上の出来事はどう頑張ってもどうしようもない、翻弄されるしかない小さい存在である私達。
この世界に於ける王という存在の大きさと、
それでも王に依ることなく必死で生き続ける小さな存在である人々の姿はやはり感動するものでありました。

続きの本編がとってもとっても待ち遠しいなあ。
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東の海神西の滄海
12月 28日 * 18:01 * 小野 不由美 *
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十二国記の再販シリーズもこれで3作目……かな?
なぜか私はこれがずっと2作目だと思っていたのですが。
1作目のラストに出てきた延王の即位間もない(といっても20年経っているわけですが)のお話。

斡由という悪役のキャラクターがやっぱり素敵に光っている。
物語が進むにつれ、この人の化けの皮の剥がれる感じは読んでいてぞくぞくします。
その斡由にやすやすと騙されかける延麒六太の、心のなかにあるどうしようもない王というものに対する不信感とか。

平和であることはよいことで、国が富むこともよいことで。
戦争や争いはできる限り避けたいと思っている。けれど、戦わなければ現状が変えられないという事態だってあるのですよね。
自分たちの生活や大切な人を守るために戦う。命をかけるということ。
なんだか今の日本もこういうことについて考えねばならないのかなあ。と薄ぼんやり考えたりしています。
きな臭いお話は本当に嫌ですが、嫌だからといって目隠ししたまま逃げ続けることだけはしたくないですね。

本当に、大きなことが動くときに私達個人のちからなんてどうしようもなく小さくて些細で、大きな大きな流れにはどうやったって逆らえないという気分を、特に震災の後くらいからつよくつよく感じるわけです。
しかしだからといって何もしないでいるわけにも行かない。
逃げている間に取り返しのつかないことになってしまったら、後悔してもしきれないのだから。


と、本筋とはだいぶずれましたが……。
延王尚隆の王様っぷりはいつ読んでもかっこよいのです。
この人の活躍っぷりもこの小説の読みどころ。
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月の影 影の海(上・下)(2012)
11月 02日 * 07:56 * 小野 不由美 *
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私が最初にこの小説を読んだのは26歳の時でした。
3人めの子供を産んですぐの頃なのでよく覚えています。

26歳の私はとってもあまっちょろくて弱くて、しかも思考停止の状態で暮らしていました。

当時の悩みといえば、
夕飯のおかずどうしようとか、
買い物に行くたびに迷子になる長男や次男のことだとか、
日々大きくなるお腹と日々ちょろちょろ活発に動くようになる子どもたちのことだとか、
毎月のお給料と生活費だとか、
女の子が生まれてくるーきゃーきゃー、

だとか。

健全である。非常に健全である。
そして一番バカだった時期である。

結婚する前もこういう事は考えたことがなく、
私の頭の中ったら衣食住にはまるで関係のない事でいっぱいだったのだけれど、
結婚していた時期(=子供が小さくて子育てだけで一日が終わっていたような時期)は、
お金のことや子供のことで頭がいっぱいだったのです。
非常にこう、現実味のない人間が現実の中にどっぷり浸かっていた数年間だったと思う。

今の自分に非常に足りない要素でもある。
すこし昔の結婚していた頃の自分の勘も取り戻すべきである。



話がちょー逸れた。

で。この小説。
テーマは信じること。

物語の中で主人公は、誰も頼るところのないところで裏切られ続けます。
そりゃもう、手ひどく裏切られ続ける。自分の身の置きどころもなく、さらに命を狙われ続け、
しかもなぜそうなったのかまるでわからない。
誰だってそんな状況になったら、自分の身の上を嘆きます。
助けてくれる人を信じ、裏切られ、けれども人の助けなくしては生きて行けず。
そうして彼女は信じることをしなくなる。

裏切られるのは怖いから。痛いことだから。
人を信じずに利用することを考える。

こうして旅をしている間、彼女は身も心もぎりぎりのところまですり減らしながら、
自分の今までの甘さ、醜さを痛感する。

信じることは怖いこと。それは、信じた時に裏切られたら痛いから。
人の心が通じるっていうのは奇跡のようなことだと私は思う。
人を好きになったり、信じたりすることは相手がいることで、
相手が同じように自分のことを尊重してくれるかどうかはまた別の話である。

信じて欲しければ、まず自分が信じねばならないし、
好きになって欲しければ、まず自分が相手に好意を示さねばならない。


大変耳の痛い話ではあります。


裏切られた時、責めるべきは相手なのか、自分なのか。
この物語は、信じることと裏切られることは関係がないと答えます。
裏切られようが利用されようが、それは自分には関係がない。と。
裏切られたっていいじゃないか。裏切られる事で自分自身は何も穢れない。と。


非常に、非常に耳の痛い話でございます。


まずは自分が信じなければ誰にも信じてもらえない。
しかし、年を経て色々な傷を負えば、そういうことはどんどん難しくなる。
ぶつかることを恐れる事は本当に卑怯なことです。
自分自身を振り返って本当にそう思う。

とはいえ、だれでも彼でも信じてしまう事は、やっぱり愚かだと思うのです。
信じて裏切られて傷ついて、求めて拒絶されてやっぱり傷ついて、
そういうことを繰り返すうちに、人を見る目というものを養わねばならないのだと思う。

うーん。やっぱり難しいなぁ。
全てはバランスだと思う。
やっぱり信じることは難しい。けれど、これだ!と思ったときはきちんと信じないといけない。
そういうことなのかもしれません。

たとえ裏切られても、何をしたとしても自分が信じるっていうスタンスはすごく大切。
そこまで思えなければ簡単に信じたりしちゃいけないってことなのかもしれません。

逆に言えば、信じた相手に裏切られたからといって、相手を恨んだりしてはいけない。
それはお門違いだよっていう事も言えるかもしれない。

うん。やっぱり難しいですね。
自分以外の人間なんて、言ってしまえばそれこそ異界なのだと思う。
相手の心のなかは誰も読めないし、見えない。
だからこそ疑心暗鬼になったり不安になったりするのだけれど。

そうか、不安に思ったりすることは大いにしたほうがいいってことなのか。
裏切られたり捨てられたりした時に傷がなるべくつかないように信じないっていうのが、
きっとダメなことなんだろうなぁ。


わかったような、わからないような。

そういうふうにまっすぐに人を信じたりすることは容易じゃない。
容易じゃないからこそ、信じあえる間柄になれた時には喜びでいっぱいになるんだろうなー。

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魔性の子(2012)
11月 02日 * 07:52 * 小野 不由美 *
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十二国記のシリーズ0番っていう感じのこの小説。新装版です。

新装版。新装版がだだっと一気に出て、その後で書き下ろしが出る!
っていう、おそらく本に関する今年一番のニュースです。私にとって。
当然昔の文庫も持っているのだけれど、やっぱり買ってしまった。読んでしまった。
しかたがないのです。ファンなのです。

そして、やっぱりすごく面白い。

魔性の子は、もともとシリーズになる前に書かれたものだっていう認識がある。
私は最初に読んだ時、この作品を飛ばして読んでしまったのでアレですが、
十二国記の世界を知らずに読んだら、なんというか立派なホラー作品。
すごく怖い話だと思います。そして記憶にあるよりずっとえぐかったw
「故国喪失者」という単語がそこはかとなく出てくるのですが、帰る場所のない心細さや寂しさ、
どこにも居場所がない感じというのは誰でも一度二度は経験することなのではないでしょうか。

その、誰にでも訪れるような居場所のない感じと、決定的に居場所のないひと
(厳密に言うと人ではないのだけれど)の間にある決定的な溝というか。なんというか。
その辺りが読んでいてただのホラーで終わらないところ。

お前ばっかりっていう嫉妬心やすがる気持ちは誰の心にもあるもの。
人は醜い、というのもまた同じ。
人の醜さに嫌気がさして・・・・・・というのは、おとなになってしまった私のようなものからすれば、
なんというか微笑ましく青く映るものではあります。
人は醜いし完全ではない。だめなところいっぱいだけれど、そのだめな部分が愛おしいと思うのです。


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残穢
11月 02日 * 07:38 * 小野 不由美 *
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評価:
小野 不由美
新潮社
¥ 1,680
(2012-07-20)


ざんえ と読むのです。残ってしまった(祓いきれなかった)穢れのお話なのです。
ドキュメンタリーホラー(っていうのかな)。
この形の物語はその昔、まだ私が子供だった頃に毎月ドキドキしながら読んでいた
ホラー漫画雑誌「ハロウィン」に載っていた山本まゆりの霊能者玲子さんシリーズを思い出して、
非常に懐かしかったのです。

霊能者は一人も出てこないんですがね。残穢には。

しかし、祓っても払いきれなかった穢れってすごく怖いものがある。
その穢れに触発されて、眠っていたその場所の別の穢れまで活性化するという。恐ろしい。

人がこんなにたくさん増えてからかなりの長い年月が経っています。
それは、すごくたくさんの人間がすでに亡くなっているということ。
ということは、この世に穢れのない土地なんてほとんどないということ。

さらにこの小説では、穢れは感染すると言う。
人が動けば動くだけ、何かを譲渡したりされたりしたらしただけ、
その場の穢れは薄まりつつも拡大する。

引っ越してきた部屋で妙な音がする気がする……という、
非常に些細なことからとんでもなくでかい話になっていくさまが、妙にリアルで恐ろしかったです。

しかしやっぱり日本の怪談話はジメジメしていて濃厚で、よい。
怪談やホラーは日本ものに限ると思ったりいたしました。

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東の海神 西の滄海
05月 28日 * 20:03 * 小野 不由美 *
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東の海神 西の滄海 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
東の海神 西の滄海 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
小野 不由美

等価交換、という言葉が頻繁に出てくるのは鋼の錬金術師ですね。
自分に益をもたらすからこそ、そのものに何かを託したりあげたりするわけです。
この、やりとりのどちらかが傾いてもうまく行かない。

前作「月の影 影の海」の最後で陽子を助ける延の国の王様と麒麟が即位して間もない頃のお話。
2人ともが陽子と同じように、胎果(本来は十二国で生まれるはずだったものが手違いで日本で産まれてしまった人の事)の出。
延の麒麟、六太は戦乱のさなか、口減らしのために山に捨てられたところを発見されて保護される。

延の王様、尚隆は小さな国の領主の息子。

人が飢え、死に、大変な思いをする戦争を憎む六太。
自らが王を選び仕える立場でありながら、何よりも王という存在を嫌悪している六太。

一方の尚隆は日本でも領主、すなわち一国の王子様として生まれて育っている。
王というものを、本当に嫌というほど理解している人なのですね。
この、延の王様のキャラクターが素晴らしい。
腹を括る事を知っている人。
王の目線で全ての物事を観、吟味することの出来る人。
王様って偉いのだけれど、偉いには偉いなりの理由がある。
王様は国のために、国の民のためにいろいろなことをする人だから偉いんだな。
何事も、なんの意味もないけれど偉い、なんて人はいない。

敬われるにはそれだけの理由がある。
一番に優先するべきが何かがわかっていて、それを成し遂げるためには手段を選ばない、本当にかっこいい王様ですねぇ。

戦争というものが、麒麟の本性とはまた別のところでトラウマになっていて、王という存在を信用することが出来ない六太とその主である王様の絆のきっかけのようなお話。

本当に偉い人ってさ、きっと偉ぶることなんてしないんだよ。
それでもやることはやるから偉いんだ。

ストーリーもよく出来ています。
悪役である斡由のキャラも素晴らしい。
斡由のキャラクタに重ね合わせることの出来る人物って結構たくさんいるような気がするのね。今の日本の偉い人の中に。

尚隆のようなキャラクタに重ね合わせることの出来る有名人、私はいまだに観たことがない。
父性の強い、強くて優しい王様なのですね。

こういう人間がリーダーになったら、きっとましな世の中になるのじゃないかな。

六太と信頼関係をきっちり結ぶ様は感動的。
こんな強固な信頼関係、築いてみたいものです。
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東亰異聞
05月 23日 * 19:11 * 小野 不由美 *
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東亰異聞 (新潮文庫)
東亰異聞 (新潮文庫)
小野 不由美

ホラーです。ホラー?んー。怪談話、みたいなホラー。妖怪とか物の怪とか、そういうものが出てくる昔の東京(のような場所)で起こった連続殺人を探って行くお話。
ミステリーの要素も充分、最後はきっちりホラーで締めてくれます。

彼女の書く物語はガツンと本質を突く一言があちこちにちりばめられていてよいです。
去年読んでいまだに覚えている一節。

「闇というのは、何も黒一色の事を言うのではない。白でもなんでも、一点のかげりもなくその色に染まったら、それは闇なのだ」

という。

人間というものは、濁濁した存在であって、だからこその暖かさもあるわけです。
想う気持ち、その気持ちだけで心の中が一色に染まったならば、それはもう人ではない、というような観点で物語が語られます。

俗に言う物の怪や魔、鬼と言った存在と、神や仏といった存在は、人から見たら同じだろうと。
光にも陰りがなかったら、それは闇なのであって。

物語の出来としても秀逸。読み始めたら止まらなくなること請け合いです。
また最後に放たれる台詞が素敵なんだこれが。
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万里 黎明の空(上・下)
05月 23日 * 18:56 * 小野 不由美 *
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風の万里 黎明の空〈上〉十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
風の万里 黎明の空〈上〉十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
小野 不由美,山田 章博
風の万里 黎明の空(下) 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
風の万里 黎明の空(下) 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
小野 不由美

陽子がますます強く。

「ああこれだめだわやばい方向に進みそう自分。」

ってのを自覚できるかできないかは実は大きな違いだと思う。
自覚できずにどつぼに嵌ったのが「月の影 影の海」。

今回、「海客で10代で女の子の王様」というキーワードで集まってくる2人の女の子。
自分の事がかわいそう、と思えるのは、他人のことを知らない・知ろうとしないから。

生きていて自分に降りかかる色々なことは、全部自分が撒いた種。
嬉しいことも、悲しいことも、ひどいことも。

「だって私は何も知らなかった」
「だって私は知らない間にここに流されてきた」

という言い訳は、自分自身にしているものですね。
どこかで変えようと踏ん張らないと変わらない。
そして変えるってすごく力のいることだってこと。


それをせずに恨み言ばかり言っていたらどんどん醜く不幸になっちゃうね。

「けれど人はやり直せる。」

楽駿の呟くこの言葉こそ、生きていくって事なのではないかな。
何度でも死ぬまでやり直せばいい。
元に戻らないものも元に戻るものもあるけれど。

そして後半。

この人の小説は後半からのスピード感がいい。
ぱたぱたと進んでいく物語。

人が何かに気づく時って、気づくための題材はたくさん心の中に溜まっていてね、瓶みたいなものに。
それが何かのきっかけで割れた時に一気に気づくものなんだよね。

「あ。そうか、これだ」

って。
気づくまで、瓶がいっぱいになるまでは、いくら話しても説明しても通じない。
これが、序盤で供王の語る、

「言葉が通じても伝わらない」

という事なのでしょう。
経験だけが人を賢くしていくのですね。
知識だけじゃ、人は成長出来ない。
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風の海 迷宮の岸(上・下)
05月 13日 * 00:49 * 小野 不由美 *
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風の海 迷宮の岸(下) 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
風の海 迷宮の岸(下) 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
小野 不由美
風の海 迷宮の岸〈上〉 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
風の海 迷宮の岸〈上〉 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
小野 不由美,山田 章博

読み返すと止まらない。それが十二国記。
いずれレビューをちゃんと書こうと思っていたりしたので、ちょうどよい機会だったのかも知れません。

近いうちにちゃんとしたレビューを書こう。

さて、前回紹介した「月の影 影の海」の続編・・・ではないのですね。これは。
ちなみにシリーズの順番としてはこれは3番目の話です。


今回の主人公は、麒麟。
1作目の主人公は王様でしたが、その王様を選ぶ立場にある麒麟。
その麒麟が自分の王様を選ぶまでのお話。
あぁ、簡潔にするとなんてファンタジーなお話なのでしょう。

主人公は、この先のシリーズにも登場するのだけれどとっても不幸なのです。
不幸という言葉が当てはまるかどうかはわからないけれど、やっぱり不幸なのだろうなぁ。
著者はこの後の話に、自らを不幸だ不幸だと語る自称不幸少女を登場させますが、不幸というのはそういうことではない。

本来あるべきものを本来あるべき形のまま、その形にそって成長するチャンスを失うこと。
これが不幸だと思う。
「みにくいアヒルの子」のように。
みにくいアヒルの子は最後に自分が白鳥だと気づく。救われる。
けれど本当はそんなに単純な話ではないようにも思う。

あんたはダメだ とか 周りが言わないまでも「自分はダメだ」という空気を感じ続けて生きてきてしまえば、その自信のなさをぬぐうのは容易ではない。
彼の不幸はその自信のなさの由来を理解してくれる人が周囲にいないこと。

なぜなら麒麟は、本来とても尊い生き物だから。
そういうものとしてはなから接する人たちには、彼の葛藤や彼の自分を軽んじる行動の根本的な原因を理解することが出来ない。

自分自身のためにはまったく力が発揮できない彼が、誰か大切な人のためには驚くべき力を発揮する。

それはとても素敵で綺麗なことだとは思うのだけれど・・・
それは同時にとても脆いもののような気もするわけです。

彼のその脆弱さ(覇気のなさ、と小説の中では出てきますが)を補うかのような、ものすごい覇気を持った人格者を王に選ぶ彼。

王様と麒麟は半身同士。
お互いがお互いを補い合う。
それはまるで夫婦のようなのですねぇ。。
補い合うだけでなく、互いが互いを観て関わって刺激し成長していく。

そういう相手と出会えたところで、この話は終わります。
けれどこの先の話を知っている私は、なんだかこの先を考えるとやっぱり彼は不幸だなぁ、と思ってしまうのです。
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月の影 影の海(上・下)
05月 13日 * 00:32 * 小野 不由美 *
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月の影 影の海〈上〉 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
月の影 影の海〈上〉 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
小野 不由美
月の影 影の海〈下〉 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
月の影 影の海〈下〉 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
小野 不由美
この小説に出会ったのは4年前。もうすぐ5年。
末っ子が生まれて実家に戻っている頃に手に取った本。
ライトノベルだけれど、当時はアニメ化された頃でそれなりのブームでした。
シリーズ全部の本が平積みになってたしね。


さて。。
まずはこの2冊。ここから長い長いお話が始まる。
物語は十二国という異次元の世界のお話。
ファンタジー小説なのだけれど、ファンタジーにしては随分と骨太。
いわゆる「よい子」の女子高生、中島陽子が主人公。けれど彼女、冒頭からいきなり得たいの知れない男に拉致されて見知らぬ場所へ連れて行かれてしまう。

「助ける」と言った男「ケイキ」は行方知れず。
読者も主人公も、何がなんだかわからないまま、今いる場所がどこなのか、自分が何者なのかすらわからないまま、ひたすら見知らぬ世界で彷徨う。

生死のふちを彷徨いながら、生きるという事と死ぬということを実感していく主人公。

信じることはそんなに悪いことなのかしら。
でも、信じること、みんなちゃんと出来ているのかしら。

主人公陽子は十二国で何度も手痛く裏切られる。優しくしてくれる人を信じて、裏切られる。
疑心暗鬼になり、「私は人を信じない。だから裏切られることもない」という結論にたどり着く。
裏切られるのは痛いから。

裏切られるってどういうことだろう。
それは、もしかしたら自分の勝手な思い込みなのかもしれない。
気持ちが通じるってどういうことだろう。
自分が思っていることが、寸分の狂いもなく相手に伝わるなんてことがあるのかしら。
あったとして、それを確かめる術ってないのじゃないかしら。

旅の途中、ぼろぼろになった陽子に手を差し伸べたのは、いわゆる「被差別者」である半分ネズミの男の子。
彼はとても賢い。そしてよい方向にその脳みそを使っている。

彼は陽子を信じる。
陽子はしかし、彼を信じない。
ネズミは言う。信じる信じないは信じる側の話であって、その対象とは何の関係もない。
たとえそれで裏切られようと、それはそういうものを信じた自分の責任であって、その対象のせいじゃない。だから、その対象を恨むなんて事はしない。

本当の意味で信用すると言う事は、こういうこと。

そしてそういう風に信用するには、どこかでちゃんと物事を見ていなければいけない。
深い洞察力と、考える頭と、それらが合わさって出来上がる直感。

そういうもののうえに築き上げられた絆は、とっても強くて暖かい。

誰かのせいに、何かのせいにしていたら絶対に理解できないところ。
考えることを放棄したら絶対にたどり着けないもの。

そう、まずは信じること。
そして、一番最初に信じなければならない人は、自分自身だったりする。
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